午前の陽は流石《さすが》に眩《まぶ》しく美しかった。老婢が「とろろ汁が出来ました」と運んで来た。別に変った作り方でもなかったが、炊《た》き立ての麦飯の香ばしい湯気に神仙の土のような匂いのする自然薯《じねんじょ》は落ち付いたおいしさがあった。私は香りを消さぬように薬味の青|海苔《のり》を撒《ふ》らずに椀《わん》を重ねた。
 主人は給仕をする老婢に「皆川老人は」「ふじのや連は」「歯磨き屋は」「彦七は」と妙なことを訊《き》き出した。老婢はそれに対して、消息を知っているのもあるし知らないのもあった。話の様子では、この街道を通りつけの諸職業の旅人であるらしかった。主人が「作楽井《さくらい》さんは」と訊くと
「あら、いま、さきがた、この前を通って行かれました。あなた等も峠《とうげ》へかかられるなら、どこかでお逢いになりましょう」
 と答えた。主人は
「峠へかかるにはかかるが、廻り道をするから――なに、それに別に会い度《た》いというわけでもないし」
 と話を打ち切った。
 私たちが店を出るときに、主人は私に「この東海道には東海道人種とでも名付くべき面白い人間が沢山《たくさん》いるんですよ」と説明を補
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