て頁をへぐって説明して呉れたりした。地図と鳥瞰図《ちょうかんず》の合の子のようなもので、平面的に書き込んである里程や距離を胸に入れながら、自分の立つ位置から右に左に見ゆる見当のまま、山や神社仏閣や城が、およそその見ゆる形に側面の略図を描いてある。勿論、改良美濃紙の復刻本であったが、原図の菱川師宣《ひしかわもろのぶ》のあの暢艶《ちょうえん》で素雅な趣《おもむき》はちらりちらり味えた。しかし、自然の実感というものは全くなかった。
「昔の人間は必要から直接に発明したから、こんな便利で面白いものが出来たんですね。つまり観念的な理窟に義理立てしなかったから――今でもこういうものを作ったら便利だと思うんだが」
はじめ、かなり私への心遣《こころづか》いで話しかけているつもりでも、いつの間にか自分独りだけで古典思慕に入り込んだ独《ひと》り言《ごと》になっている。好古家の学者に有り勝ちなこの癖を始終私は父に見ているのであまり怪しまなかったけれども、二人で始めての旅で、殊にこういう場所で待たされつつあるときの相手の態度としては、寂しいものがあった。私は気を紛《まぎ》らす為めに障子を少し開けひろげた。
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