一のものに思われる。およそ旅というものにはこうした気持は附きものだが、この東海道ほどその感を深くさせる道筋はないと言うのである。それは何度通っても新らしい風物と新らしい感慨にいつも自分を浸すのであった。ここから東の方だけ言っても
程ヶ谷と戸塚の間の焼餅坂に権太坂
箱根旧街道
鈴川、松並木の左富士
この宇津の谷
こういう場所は殊にしみじみさせる。西の方には尚多いと言った。
それに不思議なことはこの東海道には、京へ上るという目的意識が今もって旅人に働き、泊り重ねて大津へ着くまでは緊張していて常にうれしいものである。だが、大津へ着いたときには力が落ちる。自分たちのような用事もないものが京都へ上ったとて何になろう。
そこで、また、汽車で品川へ戻り、そこから道中|双六《すごろく》のように一足一足、上りに向って足を踏み出すのである。何の為めに? 目的を持つ為めに。これを近頃の言葉では何というのでしょうか。憧憬、なるほど、その憧憬を作る為めに。
自分が再々家を空けるので、妻は愛想を尽かしたのも無理はない。妻は子供を連れたまま実家へ引取った。実家は熱田附近だがそう困る家でもないので、心
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