色からいっても旅の面白味からいっても滅多に無い道筋だと思うのですが、しかしそれより自分は五十三次が出来た慶長頃から、つまり二百七十年ばかりの間に幾百万人の通った人間が、旅というもので甞《な》める寂しみや幾らかの気散じや、そういったものが街道の土にも松並木にも宿々の家にも浸み込んでいるものがある。その味が自分たちのような、情味に脆《もろ》い性質の人間を痺《しび》らせるのだろうと思いますよ」
強《し》いて同感を求めるような語気でもないから、私は何とも返事しようがない気持をただ微笑に現して頷《うなず》いてだけいた。すると作楽井は独り感に入ったように首を振って
「御主人は、よく知ってらっしゃるが、考えてみれば自分なぞは――」
と言って、身の上話を始めるのであった。
家は小田原在に在る穀物商で、妻も娶《めと》り兄妹三四人の子供もできたのだが、三十四の歳にふと商用で東海道へ足を踏み出したのが病みつきであった。それから、家に腰が落着かなくなった。ここの宿を朝立ちして、晩はあの宿に着こう。その間の孤独で動いて行く気持、前に発《た》った宿には生涯二度と戻るときはなく、行き着く先の宿は自分の目的の唯
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