のX夫人に、葉子より先に葉子の欠席した前回のこの会で遇《あ》い、それが麻川氏とX夫人との初対面であった為めか、ひどくこの夫人の美貌《びぼう》を激賞したということが、文壇の或方面で喧《やかま》しく、今日も麻川氏はこの夫人を観《み》る為めに、この会へ来たとさえ、葉子の耳のあたりの誰彼が囁《ささや》き合って居る。葉子の女性の幼稚な英雄崇拝観念が、自分の肯《がえ》んじ切れない対照に自分の尊敬する芸術家が、その審美眼を誤まって居る、というもどかしさで不愉快になったのだ。と云って、幾度見返しても現在のX夫人はまったく美しい。変なもどかしさだ。葉子は麻川氏と一緒に、X夫人の美を讃嘆《さんたん》して居ながら、何かにせもの[#「にせもの」に傍点]を随喜して居るような、自分を、麻川氏を、馬鹿にしてやり度《た》いような、と云って馬鹿に出来ないような、あいまいな不愉快に妙に心持ちをはぐらかされた。
こんな気持ちを葉子はその当時、或る雑誌からもとめられた「近時随感」のなかに書いた。もちろん当事者の名まえなど決して書かずただ一種変った自分の心理を叙述する材料としてかなり経緯《けいい》をはっきり書いた。(それを麻
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