鶴は病みき
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)想《おも》い出して

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一番|端《はず》れ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)こたえ[#「こたえ」に傍点]
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 白梅の咲く頃となると、葉子はどうも麻川荘之介氏を想《おも》い出していけない。いけないというのは嫌という意味ではない。むしろ懐しまれるものを当面に見られなくなった愛惜のこころが催されてこまるという意味である。わが国大正期の文壇に輝いた文学者麻川荘之介氏が自殺してからもはや八ヶ年は過ぎた。
 白梅と麻川荘之介氏が、何故葉子の心のなかで相関聯《あいかんれん》しているのか、麻川氏と葉子の最後の邂逅《かいこう》が、葉子が熱海へ梅を観《み》に行った途上であった為めか、あるいは、麻川氏の秀麗な痩躯《そうく》長身を白梅が聯想《れんそう》させるのか、または麻川氏の心性の或る部分が清澄で白梅に似ているとでもいうためか――だが、葉子が麻川氏を想い出すいとぐちは白梅の頃であり乍《なが》ら結局葉子がふかく麻川氏を想うとき場所
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