》だらけで、とても、ものごとを単純に考えて、晏如《あんじょ》として居られないんです。そのくせ性格の半面は、とても単純でのん気千万のくせに。」すると従妹《いとこ》が突然「それが好いわよ。」と妙なしめくくりをつけたので、私はちぐはぐな気持ちになって黙って仕舞った。麻川氏は私達の側から立って今一つあいている長方形の涼み台の上に仰向《あおむ》けになった。八月下旬に近く、虫がしんとした遠近の草むらで啼《な》いている。麻川氏の端正な顔が星明りのなかでデスマスクの様に寂然と見える。ひょっとしたら、尖《とが》った鼻先から氏の体が、見る見る白骨に化して行くのでは無いかと思われてぞっとした。そして、私のそのかすかな身ぶるいのなかを氏の作品の「羅生門」の凄惨《せいさん》や「地獄変」の怪美や「奉教人の死」の幻想が逸早《いちはや》く横切った。私はそれ等諸作の追憶から湧《わ》き上る氏への崇拝の心を籠《こ》めて、「とにかくお体を大切になさいまし。」と平常ならば恥かしいような改まった口調で云った。先年主人が戯画に描いて氏を不愉快にしたのも其処から文学世界の記者川田氏が材料を持って来たのであるが、その後も氏が支那旅行か
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