えない。死はどこまでも生の壊滅後に来る暗黒世界だと、観念の眼を閉じて居るけれど、たった一つ残す自分の仕事によって、死後の自分と、現在との聯絡はとれるものだと思ってますな。」私「私もそう考えたことがありました。しかし、今は、かなり違って来ました。私達の肉体に籠《こも》るエネルギーは死によって物質的に変化し宇宙間の実在要素としてこの宇宙以外一歩も去らずに残るかもしれませんが、それ以上の個性とか、精神とか、つまり現象的な存在は全々消失して仕舞うから生存中の自己の現象的な産物の仕事なんかは、死後に全々消失する個性的な自己というものに、何の関係もありはしない……あると思うのは、あとのこの世に残った人達の観察に過ぎないんでしょう……。」氏「一寸《ちょっと》待って下さい、あなたはそんな風に考えて淋しいとは思いませんか。少くとも、あなたのような感情家が。」私「淋しいと思い、そして私が感情家だから、なおそんな処まで考え抜いちまったんですよ。」氏「判りました。あなたが怒りんぼうのくせに、じき優しくなるのも、そんな思考の曲折や、性格の変化があなたにあるからですな。」私「そうでしょうか。私なんか煩悩《ぼんのう
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