だ。私達は話し乍ら星を仰ぎ勝ちだった。「僕、さっき、一寸おもい付いたんだが、あなたにこんな歌がありませんでしたか……大都市東京の憂愁を集めて流す為めか灰色に流れる隅田川は……とかいうの。」私「ええ。ずっと子供のうち下町の生活を暫《しばら》くしてましたの。その時期にあの辺の都会的憂愁が身にしみたんですの。」麻川氏「あなたは大たい憂愁家ですね。つき合って僕は気がひきしまる。それに坂本さんもあんなに好い人だし、僕鎌倉へ来て好かったかな。」私「けむたがられたことも私達ありましたのね。」麻川氏「あははは……。」私「でもよく私達の隣へ越していらっしゃいましたわ。」麻川氏「でも、僕の方が先へ借りてたんだもの……それに僕は気が変り易いから。」従妹が突然太い声を出して「私ね東京って云えば直《す》ぐに青山御所を思い出すっきりよ。」と云ったので話はまたあとへ戻った。麻川氏「あはは……それも単純で好いな……僕なんか本所育ちで、本所の大どぶに浮いた泡のようなもんですよ。」従妹「あらいやだ。」麻川氏「そうですよ、ああそうですとも(私に向いて)どうもね、直きぶくぶくと消えて行きそうですよ。」私「星を見乍らそんなこと
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