度《た》くってチントレットの裸婦像をその材料に使う為め、私の部屋まで出かけて来て、殆《ほとん》どその効果を収め得たのだ。私は胸にぐっとつかえるものが出来て氏の言葉を聞き乍ら氏の手へ返ったオフセット版をじっと見詰めて居た眼を動かさなかった。氏の敏感はすぐその私に気がついたらしく流石《さすが》に黙って立ち上った氏の顔を私が視《み》たとき私はたしかに氏の顔に「自己満足の創痍《そうい》。」を見た。私はあの時の氏の「自己満足の創痍。」に氏の性格の悲劇性をまざまざ感じたのを今もはっきり覚えて居る。
叔母さんのいわゆる「うしろ暗さ」をさしあたり麻川氏に探せば以上のような先日中からのいきさつのいろいろが想《おも》い出される。だが、氏が「自己満足の創痍。」のためにやや蹌踉《そうろう》として居る始末までをなお私が氏からこの上負わされるのはやり切れない。
某日。――氏の部屋には大勢の氏の崇拝客が殆ど終日居並んでいた。氏は客達の環中に悠然と坐《すわ》って居ると殆ど大人君子のような立ち優《まさ》った風格に見える。あれを個人と対談してひどく神経的になる時の女々しく執拗《しつよう》な氏に較《くら》べると実に格段
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