て見ればそれは一枚のオフセット版でチントレットの裸婦像だった。艶消《つやけ》しの珠玉のような、なまめかしい崇高美に、私は一眼で魅了されて仕舞った。従妹も伸び上って私の手許《てもと》の画面に見入った。そして、「まあ。」と嘆声をもらした。「ははあ、讃嘆《さんたん》して居られますな。」と麻川氏はめったに談しかけない従妹へ言葉をかけなかなか画面から眼を離さない私達を満足気に見守って居たが、私が画を氏に返すと、氏は待ち受けたように云い出した。「然《しか》しですな、僕等がこの大正時代に於て斯《こ》うまで讃嘆するこの裸婦の美をですな、我国古代の紳士淑女達――たとえば素盞嗚尊《すさのおのみこと》、藤原鎌足《ふじわらのかまたり》、平将門《たいらのまさかど》、清少納言、達が果して同等に驚嘆するかですな、或いはナポレオンが、ヘンリー八世が、コロンブスが、クレオパトラが、南洋の土人達がですな、果して、今の我々と同価に評価するかどうかですな……。」
 氏の言葉を茲《ここ》まで聞いて私は、氏がチントレットの画像を私の部屋に見せに来た意味がほぼ判った。氏は、先刻私と云い合った美人の評価の結論を氏の思わく通りに片付け
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