家川田氏に材料を貰い、それを坂本一流の瓢逸《ひょういつ》また鋭犀《えいさい》に戯画化して一年近くも連載した。これは文壇の現象としてはかなり唐突だったので、文人諸家は驚異に近く瞠目《どうもく》したし、読者側ではどよめき[#「どよめき」に傍点]立って好奇心を動かし続けた。なかで麻川氏の戯画化に使われた材料は麻川氏近来の秘事に近いもの――それももちろん川田氏から提供された材料だった。文壇に晦かった坂本が、さして秘事とも思わず取扱った材料は、麻川氏にとっての痛事だったとあとで坂本に云う人がかなりあった。
「そりゃあ気の毒だったな。川田君も一寸《ちょっと》つむじ曲りだから先輩に対する自分のうっぷん散しでもあったかな、いくらか。」
とその材料を持って来た川田氏への心理批判も交って坂本は苦笑した。
その後短歌から転じて小説をつくり始めた葉子がその処女作を麻川氏の友人喜久井氏に始めて見て貰うことを頼んだ。だが喜久井氏はその時、文壇的な或る事業|劃策中《かくさくちゅう》だったので、友人麻川荘之介に見てお貰いなさいと葉子に勧めた。
葉子は早速麻川氏に手紙を書いたが、その返事がいつまでたっても来なかっ
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