ても異議無しの筈《はず》ですがねあなたは。」私「ある女って誰ですか。」私も咄嗟《とっさ》の場合、詰《きっ》となった。麻川氏は必死な狡《ずる》さで「ふふふふ。」と笑った。ふと、私はX夫人の事を思いついた。そして、巧《たくみ》な化粧で変貌《へんぼう》したX夫人を先年某料亭で見て変貌以前を知って居る私が眼前のX夫人の美に見惚《みほ》れ乍ら麻川氏と一緒に単純に讃嘆《さんたん》出来なかった事、その気持ちでその時の麻川氏を批判した随筆を或る雑誌に絶対に氏やX夫人の名前を明記しないで書いたのが、矢張り麻川氏は読んで感付き気持ちに含んで居たのだと判った。「私は、自分の美人観はかなりはっきり持って居ますけれどひと様の好悪はどうでも好いんです。」私は斯《こ》う云って何故か悲しくなってうつ向いて仕舞った。何というしつこい氏の神経だ。正午前から、あんなに女中に言伝《ことづ》て、お駒婆さんに菓子を持たせ、部屋へ話しに来るように私を呼び立てたのは、この事を云う為だったのか、もうこのくらいつき合えば、この事を云い出しても好いと、見はからっての氏の招待だったか……その二三日前もこんな事があった。私が海岸から扇《おうぎ
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