んてものは、男と同じように仲々|尠《すくな》いですね。しかし、男が、ふと或る女を想いつめ、その女にいろいろな空想や希望を積み重ねて行くとその女が絶世の美人に見えるようになって来ますね。そして、その陶酔を醒《さま》したくないと思いますね。その方が男にとって幸福ですからね。女から紅や、白粉《おしろい》を拭《ぬぐ》い取って、素顔を見るなんか私にはとても出来ない事です。だが、それだって好いじゃないですか。それだって。」氏の言葉の調子は、いくらかずつ私をきめつけてかかる。私は「そうですとも。」と相槌《あいづち》を打った。すると麻川氏は「ほんとうにそう、思うんですか。」とますます私を極《き》め付ける。私「ええ。」麻川氏「本当に……じゃあ何故あなたは……何故……。」「何ですか」と私。
 麻川氏は、それきり口をつぐんで仕舞った。眼が薄ぐもりの河の底のように光り、口辺に皮肉な微笑が浮んだ。やがて氏は眼を斜視にして藤棚の一方を見詰めて居たが突然立ち上り手を延ばして藤の葉を二三枚むしり取り、元の処へ坐った。が、いらいらとしていくらか気息を呑《の》み、「僕が、そういう意味でですね、僕がある女を美人と認めるとし
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