》ヶ谷《やつ》へ向う道で非常な馬上美人に遇《あ》ったと帰って来て氏に話した。すると氏は妙な冷笑を浮べて「非常な美人? ははあ、あなたに美人の定見がありますか。」私「でも、私は美人と思ったのですもの、定見とか何とか問題無しに。」麻川氏「その女が馬上に居たんで美人に見えたんでしょう。」私にもぐっと来る気持ちが起きたが表面は素直に「馬上だからなおスタイルが颯爽《さっそう》としてたんでもありましょうがね、私の云うのは顔なんですの、素晴しく均整のとれてる顔が、馬上でほっと赧《あか》らんでいましたの。」「ははあ。」と麻川氏はどうも遺憾で堪《たま》らない様子だ。「由来均整のとれてる顔には莫迦《ばか》が多いですな。」
 私はむっとして傍を向いた。何故私が扇ヶ谷の道路で観《み》た馬上の女性を麻川氏の前で美人と云ったのは悪いのか。そのくせ、麻川氏自身は殆ど絶えず色々な女性の美醜を評価し続けて居ると云っても好いくらいだのに何故私がたまたま扇ヶ谷の馬上美人を氏の前で褒めては悪いのか。事実私としては白日の下で近来あれ程高貴で美麗な顔立ちを見たことが無いのだ。
 麻川氏は私のむっとした顔色を観てとった。するとたち
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