んは云う「奥さんのような美人も好きだし、赫子さんのようなのも好きだし。」麻川氏「つまり、釈迦《しゃか》に拝し、キリストに拝し……。」「マホメットには誰がなる……ですかな。」と麻川氏の番頭さん。麻川氏「莫迦《ばか》。彼自身は飽《あく》まで厳粛なんだぞ。」
某日。――二三日前、画家のK氏が東京から来て麻川氏の部屋のメンバーになった。噂《うわさ》によれば夏目漱石先生が津田青楓氏を師友として居た以上K氏と麻川氏は親愛して居るのだそうだ。K氏は、頭を丸刈にしたこっくりした壮年期に入ったばかりの人、吃々《きつきつ》として多く語らず、東洋的なロマンチストらしい眼を伏せ勝ちにして居る。隻脚《せっきゃく》――だがその不自由さも今はK氏の詩情や憂愁を自らいたわる生活形態と一致させたやや自己満足の諦念《ていねん》にまで落ちつけたかに見うけられる。けれども、矢張り逃避の世界が、K氏をめぐって漠然と感じられる。それで麻川氏の性格や好みがますますK氏に傾倒して行くことも察せられる。それからすこしつき合って居るうちに、部厚なこっくりしたK氏の体格のどこかに落ちつきくさったそして非常にデリケートな神経が根を保ってい
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