の観賞を誤って居るようなもどかしさを葉子は感じたからである。しかし、現在見るところのX夫人は葉子の眼にも全く美しかった。デリケートな顔立ちのつくりに似合う浅い頭髪のウェーブ、しなやかな肩に質のこまかな縮緬《ちりめん》の着物と羽織を調和させ、細く長めに曳《ひ》いた眉をやや昂《あ》げて嬌然として居るX夫人――だが、葉子はX夫人のつい先日迄を知って居た。黄色い皮膚、薄い下り眉毛《まゆげ》、今はもとの眉毛を剃《そ》ったあとに墨で美しく曳いた眉毛の下のすこし腫《はれ》ぽったい瞼《まぶた》のなかにうるみを見せて似合って居ても、もとの眉毛に対応して居た時はただありきたりの垂れ眼であった。今こそウェーブの額髪で隠れているが、ほんとうはこの間までまるだしの抜け上ったおかみさん[#「おかみさん」に傍点]額がその下にかくれている筈《はず》だ――葉子はその、先日までのX夫人を長年見て来たので、今日同じ夫人が、がらりと変った化粧法で作り上げた美容を見せられても、重ね絵のようについ先日までのX夫人の本当の容貌《ようぼう》が出て来て、現在のX夫人に見る美感の邪魔をする。それにもかかわらず麻川氏が変貌《へんぼう》以後のX夫人に、葉子より先に葉子の欠席した前回のこの会で遇《あ》い、それが麻川氏とX夫人との初対面であった為めか、ひどくこの夫人の美貌《びぼう》を激賞したということが、文壇の或方面で喧《やかま》しく、今日も麻川氏はこの夫人を観《み》る為めに、この会へ来たとさえ、葉子の耳のあたりの誰彼が囁《ささや》き合って居る。葉子の女性の幼稚な英雄崇拝観念が、自分の肯《がえ》んじ切れない対照に自分の尊敬する芸術家が、その審美眼を誤まって居る、というもどかしさで不愉快になったのだ。と云って、幾度見返しても現在のX夫人はまったく美しい。変なもどかしさだ。葉子は麻川氏と一緒に、X夫人の美を讃嘆《さんたん》して居ながら、何かにせもの[#「にせもの」に傍点]を随喜して居るような、自分を、麻川氏を、馬鹿にしてやり度《た》いような、と云って馬鹿に出来ないような、あいまいな不愉快に妙に心持ちをはぐらかされた。
 こんな気持ちを葉子はその当時、或る雑誌からもとめられた「近時随感」のなかに書いた。もちろん当事者の名まえなど決して書かずただ一種変った自分の心理を叙述する材料としてかなり経緯《けいい》をはっきり書いた。(それを麻
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