似るに過ぎないんですね。」氏は斯《こ》う云い終ると少し疲れたようにひるすぎの太陽のきらきらあたる庭芝を眺めた。向うの垣根の外に下駄の音がして長谷《はせ》あたりへ来て居る麻川氏の知人達の声が聞えた。私は氏の部屋を辞して自分の部屋で暫くやすむ――幽《しず》けさや、昼寝|枕《まくら》にまつわる蚊――こんな「句」のようなものを詠んで麻川氏の寂し相な眼つきを想《おも》った。
某日。――麻川氏と私とは、体格、容貌《ようぼう》、性質の或部分等は、全く反対だが、神経の密度や趣味、好尚等随分よく似た部分もある。氏も、それを感じて居るのか、いわゆるなかよし[#「なかよし」に傍点]になり、しんみり語り合う機会が日増に多くなった。そして氏の良き一面はますます私に感じられて来るにも拘《かかわ》らず、何とも云えない不可解な氏が、追々私に現前して来る。それは良き一面の氏とは似てもつかない、そして或場合には両面全く聯絡《れんらく》を持たないもののようにさえ感じられる。幼稚とも意地悪とも、病的、盲者的、時としてはまた許しがたい無礼の徒とも云い切れない一面に逢う。
某日。――今日、麻川氏は終日|椎《しい》の間の小亭で書いて居る様子だった。私達も一寸《ちょっと》海岸へ行って帰って来ると主人は昼寝、従妹《いとこ》は縫物私は読書ばかりして暮らした。夕方、先日海岸で紹介されたT氏の弟が私の部屋へ遊びに来た。プロレタリア文学雑誌「種|蒔《ま》く人」の同人で二十五歳、病弱な為めW大学中途退学の青年だが病身で小柄でも声が妙にかん高で元気に話す男だ。殆《ほとん》どわめく様にマルクスだとかレーニンだとか談論風発を続け、はては刻下の文壇をプチブル的、半死蛇等と罵《ののし》り立てる。十時近い頃青年は病的なりに生々した顔付きで兄の家へ帰って行った。帰り際に青年は少しおどけた顔付きで「あ、しまった、お隣にゃあアサ、ソウ(麻川荘之介の略称)が居たんだな。」と苦笑した。寝ようとして居る処へ母屋へ遊びに行って居た従妹が帰って来た。お駒婆さんも一緒だ。「あのね、麻川さんが、晩のお食事後、こっちにお客さんの居るうちじゅうお部屋の壁の外に椅子《いす》を運んでじっとして腰のかけづめでしたよ。こちらのこと、何か立ち聞でもしてたんじゃありませんか。」と告げ口する。主人は、「そうかい。」と云ったきりだった。私は告げ口した婆さんにも麻川氏にも何
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