に売れた。
 玉露の壺は単に看板で、中には何も入つてなく、上茶も飛切りは壺へ移す手数を省いて一々、静岡の仕入れ元から到着した錫張《すずば》りの小箱の積んであるのをあれやこれやと探し廻つて漸《ようや》く見付け出し、それから量《はか》つて売つて呉《く》れる。だから時間を待たして仕様がないと老婢《ろうひ》のまき[#「まき」に傍点]は言つた。
「おや、おまへ、まだ、あすこの店へお茶を買ひに行くの」と私は訊《き》いてみた。「あすこの店はおまへの敵役《かたきやく》の子供がゐる家ぢやない」
 すると、まき[#「まき」に傍点]は照れ臭さうに眼を伏せて
「はあ、でも、量りがようございますから」
 と、せい/″\頭を使つて言つた。私は多少思ひ当る節《ふし》が無いでもなかつた。
 蔦の芽が摘まれた事件があつた日から老婢まき[#「まき」に傍点]は、急に表門の方へ神経質になつて表門の方に少しでも子供の声がすると「また、ひろ子のやつが――」と言つて飛出して行つた。
 事実、その後も二三回、子供たちの同じやうな所業があつたが、しかし、一月も経《た》たぬうちに老婢の警戒と、また私が予言したやうに子供の飽きつぽさから、
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