が、この蔦の芽にどうやら和《なご》やかな一面を引き出されたことだけでも私には愉快だつた。また五十も過ぎて身寄りとは悉《ことごと》く仲違《なかたが》ひをしてしまひ、子供一人ない薄倖《はっこう》な身の上を彼女自身潜在意識的に感じて来て、女の末年の愛を何ものかに向つて寄せずにはゐられなくなつた性情の自然の経過が、いくらかこんなことでゝもこゝに現はれたのではないかと、憐《あわ》れにも感じ、つく/″\老婢の身体を眺めやつた。
老婢の身体つきは、だいぶ老齢の女になつて、横顔の顎《あご》の辺に二三本、褐色《ちゃいろ》の竪筋《たてすじ》が目立つて来た。
「蔦の芽でも可愛がつておやりよ。おまへの気持ちの和みにもなるよ」
老婢は「へえ」と空《から》返事をしてゐた。もうこの蔦に就いて他のことを考へてゐるらしかつた。
その日から四五日経た午後、門の外で老婢が、がみ/\叫んでゐる声がした。その声は私の机のある窓近くでもあるので、書きものゝ気を散らせるので、止《や》めて貰《もら》はうと私は靴を爪先《つまさき》につきかけて、玄関先へ出てみた。門の裏側の若蔦の群は扉を横匍《よこば》ひに匍ひ進み、崎《みさき》
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