ろが自由で、稚《おさな》く、愛らしかつた。この点では芝、白金の家の敷地の地味はもつともこの種の蔓の木によかつたらしく、柔かく肥《ふと》つた若葉が無数に蔓で絡《から》まり合ひ、一握りづつの房になつて長短を競はせて門扉にかゝつた。
「まるで私たちが昔かけた房附きの毛糸の肩掛けのやうでございますね」
自然や草木に対してわり合ひに無関心の老婢《ろうひ》のまき[#「まき」に傍点]までが美事な蔦に感心した。晴れてまだ晩春の朧《ろう》たさが残つてゐる初夏の或る日のことである。老婢は空の陽を手庇《てびさし》で防ぎながら、仰いで蔦の門扉に眼をやつてゐた。
「日によると二三|寸《すん》も一度に伸びる芽尖《めさき》があるのでございます。草木もかうなると可愛《かわ》ゆいものでございますね」
性急な老婢は、草木の生長の速力が眼で計れるのに始めて自然に愛を見出《みいだ》して来たものゝやうである。正直ものでも兎角《とかく》、一徹に過ぎ、ときにはいこぢにさへ感ぜられる老婢が、そのため二度も嫁入つて二度とも不縁に終り、知らぬ他人の私の家に永らく奉公しなければならない、性格の一部に何となくエゴの殻をつけてゐる老年の女
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