に依《よ》ると、さういふ家には永く住みつかなかつたやうである。
 夏の葉盛りには鬱青《うっせい》の石壁にも譬《たと》へられるほど、蔦はその肥大な葉を鱗《うろこ》状に積み合せて門を埋めた。秋より初冬にかけては、金朱のいろの錦《にしき》の蓑《みの》をかけ連ねたやうに美しくなつた。霜《しも》の下りる朝|毎《ごと》に黄葉|朽葉《くちば》を増し、風もなきに、かつ散る。冬は繊細|執拗《しつよう》に編み交《まじ》り、捲《ま》いては縒《よ》れ戻る枝や蔓枝だけが残り、原始時代の大|匍足類《ほそくるい》の神経か骨が渇化して跡をとゞめてゐるやうで、節々に吸盤らしい刺《とげ》立ちもあり、私の皮膚を寒気立たした。しかし見方によつては鋼《はがね》の螺線《らせん》で作つたルネサンス式の図案様式の扉にも思へた。
 蔦を見て楽しく爽《さわや》かな気持ちをするのは新緑の時分だつた。透き通る様な青い若葉が門扉《もんぴ》の上から雨後の新滝のやうに流れ降り、その萌黄《もえぎ》いろから出る石竹《せきちく》色の蔓尖《つるさき》の茎や芽は、われ勝ちに門扉の板の空所を匍《は》ひ取らうとする。伸びる勢《いきおい》の不揃《ふぞろ》ひなとこ
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