て外に出《い》で立つとき誰かゞ支度が遅く、自分ばかり先立つて玄関の石畳に立ちあぐむときなどは、焦立《いらだ》つ気持ちをこの葉の茂りに刺し込んで、強《し》ひて蔦の門の偶然に就いて考へてみることもある。
 結局、表扉を開いて出入りを激しくする職業の家なら、たとへ蔦の根はあつても生え拡がるまいし、自然の做《な》すまゝを寛容する嗜癖《しへき》の家族でなければかういふ状態を許すまい。蔦の門には偶然に加ふるに多少必然の理由はあるのだらうか――この私の自問に答へは甚《はなは》だ平凡だつたが、しかし、表門を蔦の成長の棚床に閉ぢ与へて、人間は傍の小さい潜門《くぐりもん》から世を忍ぶものゝやうに不自由勝ちに出入するわが家のものは、無意識にもせよ、この質素な蔦を真実愛してゐるのだつた。ひよつとすると、移転の必要あるたび、次の家の探し方に門に蔦のある家を私たちは黙契のうちに条件に入れて探してゐたのかも知れない。さう思ふと、蔦なき門の家に住んでゐたときの家の出入りを憶《おも》ひ返し、丁度女が額《ひたい》の真廂《まびさし》をむきつけに電燈の光で射向けられるやうな寂しくも気《け》うとい感じがした。そして、従来の経験
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