とを諄々《じゅんじゅん》と諭《さと》して、ひろ子に看護婦になることを勧めた。そして学費の足しにと自分のお給金の中から幾らかの金を貢《みつ》ぎながら、ひろ子を赤十字へ入れて勉強さした。


 私の家は、老婢まき[#「まき」に傍点]を伴つて、芝、白金から赤坂の今の家へ移つた。今度は門わきの塀に蔦がわづかに搦《から》んでゐるのを私が門へ蔓《つる》を曳《ひ》きそれが繁《しげ》り繁つたのである。
 まき[#「まき」に傍点]はすつかり老齢に入つて、掃除や厨《くりや》のことは若い女中に任せて自分はたゞ部屋に寝起きして、とき/″\女中の相談に与《あずか》ればよかつた。
 しかし、彼女は晩春から初夏へかけて蔦の芽立つ頃の朝夕二回の表口の掃除だけは自分でする。母子の如く往き交《か》ふひろ子との縁の繋《つな》がり始まりを今もなほ若蔦の勢《いきおい》よき芽立ちに楽しく顧《かえりみ》る為めであらうか。緑のゴブラン織のやうな蔦の茂みを背景にして背と腰で二箇所に曲つてゐる長身をやをら伸ばし、箒《ほうき》を支へに背景を見返へる老女の姿は、夏の朝靄《あさもや》の中に象牙彫《ぞうげぼ》りのやうに潤《うる》んで白く冴《さ》
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