えた。彼女は朝起きの小児がよち/\近寄つて来でもすると、不自由な身体に懸命な力で抱き上げて、若蔦の芽を心行くばかり摘み取らせる。嘗《かつ》ては、あれほど摘み取られるのを怒つたその蔦の芽を――そしてにこ/\してゐる。まき[#「まき」に傍点]も老いて草木の芽に対する愛は、所詮《しょせん》、人の子に対する愛にしかずといふやうな悟りでも得たのであらうか。
 私は、それを見て、どういふわけか「命なりけり小夜《さよ》の中山――」といふ西行の歌の句が胸に浮んでしやうがない。


 蔦の茂葉の真盛りの時分に北支事変が始まつて、それが金朱のいろに彩《いろど》られるころます/\皇軍の戦勝は報じ越される。
 もう立派に一人前になつてゐたひろ子は、日常の訓練が役立つて、まるで隣へ招ばれるやうに、あつさり「では、をばさん行つて来るわ」とまき[#「まき」に傍点]に言つて征地の任務に赴いた。
「たいしたものだ」まき[#「まき」に傍点]は首を振つて感じてゐた。



底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
   1992(平成4)年1月23日初版第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
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