して仕舞うものだ。いけない。栖子と尾佐の結婚後の白け方を見よ!」
 栖子も何となく躊躇するものの如く、唇に躾《しつけ》を見せて来て、眼を落した。
「あたし……虫ぐらいにこんなに怖がって……しんは確《しっ》かりしている積りだけど末梢神経が臆病なのね」
 千代重は栖子の丸い額に憂鬱にかかる垂れ毛をやさしく吹き除けて、軽く自分の唇を触れた。
「栖子がどんな虫にも、どんな男にも負けなくなりますように」
 こんな謎のような言葉に紛らして千代重は青春の空に架けた美しい虻をなかば心に残した。

 千代重がオランダへ園芸の留学に行くことにきまって、私は彼を神戸まで送って行った。すっかり支度をしてしまってもう明日は船に乗り込めばいいことにして、千代重は私とGホテルのベランダで、夏の夜更けまで、港の灯を眺めながら語った。彼は彼の日本で暮した青年期の出来ごとに就て、さまざま語った。特に恋愛に就て………。
「僕が今まで恋した娘は、みな僕のことを判らない性質だといって不思議がりますが、僕からいわせればその女達こそ判らないといい度いのです。僕が望むことは極めて簡単です。『恋愛の情熱を直ぐ片付けないこと』僕はお姉さ
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