唇草
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)流行《はや》り
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)西洋|韮《にら》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
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今年の夏の草花にカルセオラリヤが流行《はや》りそうだ。だいぶ諸方に見え出している。この間花屋で買うとき、試しに和名を訊ねて見たら、
「わたしどもでは唇草といってますね、どうせ出鱈目《でたらめ》でしょうが、花の形がよく似てるものですから」
と、店の若者はいった。
青い茎の尖に巾着のように膨らんで、深紅の色の花が括《くく》りついている。花は、花屋の若者にそういわれてから、全く人間の唇に見えた。人間の唇が吸うべきものを探し当てず、徒《いたず》らに空に憧れている。情熱だけが濡れた唇に遺って風が吹いて、苞《つと》の花がふらふら揺れるときには一層悩ましそうに見える。そしてこの花はこういってるようである。
「私の憧れを癒やすほどのものは現実にはない
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