見てをりまして、大方|筏《いかだ》師にでも見とれてゐるのだらう、そんなに好きなら筏師になれとよく申しました」
「さうよ、ね、何故《なぜ》筏師にならなかつた? 素晴らしいぢやないの、筋肉の隆々とした筏師なんか。」
「は、ですけど、どうせ筏師は海口へ向つて行くんです。それを思ふと嫌でした。」
「海、きらひ?」
「は、海は何だかあくどい感じがします」
 直助のやうな若者には海の生命力は重圧を感じるのであらう。かの女は希臘《ギリシャ》神話がこんなにも直助の興を呼んで話させたのが不思議でかの女の河に対する神秘感が一そう深まるのだつた。
「あんた、いま、この川をどう感じて」
「――お嬢さまのお伴してゐると、川とお嬢さまと、感じが入り混つてしまつて、とても言ひ現し切れません。お嬢さまは。」
「さあ、――今は、上品な格幅のいゝ老人かも知れないわね。」
「おまへも、お読み」と言つて、かの女は直助に希臘神話の本を貸し与へた。
 かの女の食慾が、はか/″\しくなかつた。やはり青春の業かも知れない。熟した味のある食品は口へ運べなかつた。直ぐむかついた。熟した味の籠《こも》る食品といふものは、かの女に何か、かう
前へ 次へ
全22ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング