、河底あるひは水源に近き洞窟《どうくつ》の裡《うち》に住み、その河の広狭長短に随《したが》ひ、或《あるい》は童児、青年、老夫に変相、その渓《たに》を出《い》でて蜿蜿《えんえん》と平原を流るゝ時は竜蛇《りゅうだ》の如き相貌《そうぼう》となり、急湍《きゅうたん》激流に怒号する時は牡牛《おうし》の如き形相を呈し……まだいろ/\な例へや面白い比喩《ひゆ》が書いてあるけれど……」
 直助はだしぬけに口を切つた。
「子供のうち、私の考へてゐたことゝよく似てをりますな。」
「どう考へてゐたの。」
「私は河が生きてゐるやうに思つてをりました。河上はずつとこの辺の河より幅が狭いのですけれど、水面が引締つてゐて、活気があるやうです。私の母は気が優しくてぢき心を傷《いた》めますので、私は友達と喧嘩《けんか》して口惜《くや》しかつたり、何か欲しいものがあつても買へなかつたり、そのほか悲しい時や辛《つら》い時には、自分の部屋の障子《しょうじ》の破れたところから水を見ては気持ちを訴へてをりました。河は水であつても、河の心は神様か人であつて、何でも人間の心が判つて呉《く》れるやうに思ひました。
 母は私のその様子を
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