ほとり》まで来て、夕方にまた迎へに来た。年頃の若者になつても、鼻唄《はなうた》一つうたふでもなく、嫌味な教会通ひの若者となりもしない、何処《どこ》から得たか西行《さいぎょう》の山家集《さんかしゅう》と、三木|露風《ろふう》の詩集を持つて居た。そして八犬伝やアンデルセンの『月物語』をかの女の兄から借りて読んで居るのだつた。夜など近所の若者の仲間入りをして遊んで居たことはなかつた。野山の仕事に忙しい時期には、多くの作男と一緒になつて働きに出かけた。直助はそれでも土くさい色黒男にはならなかつた。と言つて腺病《せんびょう》質のなま蒼《あお》い体質では勿論ないのだ。何と言はうか、漆黒《しっこく》の髪が少し濃過ぎる位の体質の眼の覚めるやうな色白な男女がある。あの健康な見ざめのしない色白なのだ。でも野山で手足も男らしく使ひならしてあるので、何処《どこ》か新鮮な野山の匂ひも染《し》んでゐた。
「私ね、この頃|希臘《ギリシャ》の神話を読んでゐるのよ。その本の中に河神についてこんな事が書いてあるのよ。(かの女は頁《ページ》を繰《く》つて)古人の信ずるところに依《よ》れば河神は、変装の能力を備へて居《お》り
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