け留める。をとめは河神に身を裂かれ度《た》いのだ。あの人間が人間の体を裂き弄《もてあそ》び喜ぶのは、重くろしく汚《けがら》はしく辱《はず》かしい気がする。かの女が今しがた忍び出て来た深窓の家には、二組の夫婦と、十人あまりの子供達が堆積し、揺蕩し、かの女もそのなかの一人であることが、此頃《このごろ》かの女には何か陰のある辱かしさ、たつた一人の時に殊《こと》にも深く感ずる面伏《おもぶ》せな実感である。をとめは性慾を感じ出したことによつて、却《かえ》つて現実世界の男女の性慾的現象に嫌悪を抱き始めた。人の世のうつし身の男子に逢《あ》ふより先、をとめのかの女は清冽《せいれつ》な河神の白刃《はくじん》にもどかしい[#「もどかしい」に傍点]此の身の性慾を浄《きよ》く爽《さわ》やかに斬《き》られてみたいあこがれをいつごろからか持ち始めて居た。
「お嬢さま。」
男の声、直助の声だ。草|土堤《どて》の遠くから律儀な若者の歩みを運ばせて来る足音。
「お嬢さま。」
今一度、呼んだら返事しよう、家の者に言ひつかつて、かの女を呼びに来たに違ひないのだ。
「お嬢さま。」
だん/\直助の声が家の者から言ひ付かつ
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