めて居た。性慾の敏感さ――凡《すべ》て、執拗《しつよう》なもの、陰影を持つもの、堆積《たいせき》したもの、揺蕩《ようとう》するもの等がなつかしく、同時にそれ等《ら》はまたかの女に限りなく悩《な》やましく、わづらはしかつた。かの女はをとめの身で大胆にもかの女の家の夕暮時の深窓を逃れ来て、此処《ここ》の川辺の夕暮にまぎれ、河原の玲澄《れいちょう》な野薔薇の床に横たはる。薄い毛織の初夏の着物を通す薔薇の棘《とげ》の植物性の柔かい痛さが適度な刺戟《しげき》となつて、をとめの白熱した肢体《したい》を刺す。寝転んで、始め鼻を当てると突き上げるやうな蕊《しべ》のにほひ、それにも徐々に馴《な》れて来る。五分、十分、かの女はまつたく馴れて来た。ひそかな噎《むせ》ぶやうな激情が静まつて、呑気《のんき》な放心がやつて来る。体をひねり、持つて来た薄い雑誌をむざ/\花床の上に敷いて片|肘《ひじ》まげる。河の流れへ顔を向けて貝の片殻のやうに展《ひろ》げた掌《てのひら》に頬《ほお》を乗せる。眺め入る河面《かわも》は闇を零細《れいさい》に噛《か》む白波《しらなみ》――河神の白歯の懐しさをかつちりかの女がをとめの胸に受
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