うに敏捷に身を飜《ひるがえ》して、楊柳《かわやなぎ》や月見草の叢《くさむら》を潜り、魚を漁つてゐる漁師たちに訪ね合はしてゐる直助の紺《こん》の姿と確《しっ》かりした声が、すぐ真下の矢草の青い河原に見出《みいだ》された。
「これんぱかしの若鮎はないかい。丸ごとフライにするのだ。」
 日が陰《かげ》つたり照つたりして河原道と川波の筋を金色にしたりした。
 手頃な鮎が見付からぬかして、浅い瀬を伝ひ/\、直助の姿はいつか、寂しい川上へ薄らいで行つた。渚《なぎさ》の鳥の影に紛れてしまつた。
「素焼の壺《つぼ》と、素焼の壺と並んだといふやうな心情の交渉が世の中にないものでせうか。」
 画家は云つた。
「芭蕉《ばしょう》に、逝《ゆ》く春や鳥|啼《な》き魚は目に涙といふ句がありますが、何だか超人間の悲愁な感じがしますわ。」
 かの女も画家も、意識下に直助によつて動揺させられるものがあり、二人ともめい/\勝手にあらぬことを云つてるやうで、しかも、心肝《しんかん》を吐露してる不思議な世界を心に踏みつつ丘の坂道を下つた。かの女の足取りは、ほぼ健康を恢復《かいふく》して確《しっ》かりして来た。


 かの女は
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