くなるでせう。」
父と兄は苦もなく同意した。それほどこの若い画家は都会文化に灰汁《あく》抜けて現実性の若い者同志間の危険はなかつた。
美貌《びぼう》の直助は美貌の客をたちまち贔屓《ひいき》にした。若い画家が訪ねて来ると、「えへん/\」とうれしさうに笑ひながら、饗応《きょうおう》の手伝をした。かの女が画家と並んで家を出て行くのを見ると、一層「えへん/\」とうれしさうに笑つて見送つた。
「向ふの丘へ行つて異人館の裏庭から、こちらを眺めなすつたらいゝ。相模《さがみ》の連山から富士までが見えます。」
二人がたまには彼を誘つても、彼はどうしてもついて来なかつた。彼は川が持場であるといつた強情さで拒絶した。「いや、わたしは晩のご馳走《ちそう》のさかなを少し探しときませう。」
異人館の丘の崖端《がけはし》から川を見下ろすと、昼間見る川は賑《にぎや》かだつた。河原の砂利《じゃり》に低く葭簾《よしず》の屋根を並べて、遊び茶屋が出来てゐた。その軒提燈《のきぢょうちん》と同じ赤い提燈をゆらめかして、鮎漁《あゆと》りの扁長《ひらなが》い船が鼓《つづみ》を鳴らして瀬を上下してゐた。鷦鷯《みそさざい》のや
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