わ》れに思つたが我慢した。毎日の川魚探しに直助の母の手造りの紺《こん》無地の薄綿の肩の藍《あい》が陽やけしたのか少し剥《は》げてゐた。


 若鮎《わかあゆ》の登る季節になつた。
 川沿ひの丘には躑躅《つつじ》の花が咲き、どうだんや灌木《かんぼく》などが花のやうな若葉をつけた。常盤《ときわ》樹林の黒ずんだ重苦しい樹帯の層の隙間《すきま》から梅の新枝が梢《こずえ》を高く伸び上らせ、鬱金《うこん》色の髪のやうにそれらを風が吹き乱した。野には青麦が一面によろ/\と揮発性の焔《ほのお》を立てゝゐた。
「※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・ゴツホといふ画描きは、太陽に酔ひ狂つたところは嫌味ですが、五月の野を見るときは、彼を愛さずにはゐられなくなりますね」
 近頃、都からよく遊びに来る若い画家が、かう言つた。ロココ式の陶器の絵模様の感じのする、装飾的で愛くるしい美しい青年だつた。天鵞絨《ビロード》の襞《ひだ》の多い上衣《うわぎ》に、細い天鵞絨のネクタイがよく似合つた。
 彼はまづ、かの女の母の気に入つた。母は言つた。
「あの晴々しい若者を、娘の遊び友だちにつけて置いたら、娘もおつつけ病気がよ
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