て、食慾に化してかの女を前へ推《お》しやつた。少しも肉感を逆立《さかだ》てない、品のいゝ肌質のこまかい滋味が、かの女の舌の偏執の扉を開いた。川|海苔《のり》を細かく忍ばしてある。生醤油《きじょうゆ》の焦げた匂ひも錆《さ》びて凜々《りり》しかつた。串《くし》の生竹も匂つた。
「男の癖に、直助どうして、こんなお料理知つてんの。」
「川の近くに育つたものは、必要に応じてなにかと川から教はるものです。」
直助は郷土人らしく答へた。だが、かの女はしら/″\しく言つた。
「……私、べつにこれおいしいとも何とも思はないわ……けど……。」
かの女は何人《なんぴと》からでも如何《いか》なる方法によつても、魂の孤立に影響されるのを病的に怖《おそ》れた。
「けれども、お礼はしたいわ。私、あんたのお母さんに、似合ひさうな反物《たんもの》一反あげるわ。送つてあげなさいな。」
直助は俯向《うつむ》いて考へてゐた。少し息を吐き出した。
「お話は難かしくてよく判りませんが、母へなら有難く頂戴《ちょうだい》いたします。」
のさ/\と魚の食べ残しの鶯色《うぐいすいろ》の皿を片付けて行く直助の後姿を、かの女は憐《あ
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