《えんがわ》で跪《ひざまず》いた直助は異様に笑つた。両親のうしろから見てゐたかの女は身のうちが慄《ふる》へた。直助の心にも悪魔があるのか。今の眼の光りは只事《ただごと》ではない。若い土蕃《どばん》が女を生捕りに出陣するときのあの雄叫《おたけ》びを、声だけ抜いて洩《もら》した表情ではないか。直助はこれから魔力のある食べものを探して来て、それを餌《えさ》にして私を虜《とりこ》にしようとするものではないかしらん。
「直助なんかに探させなくつても」
かの女は言つた。すると父親よりも先に直助が押へた。
「いえ、わたくしがお探しいたします。」
「白|鮠《はや》のこれんぱかしのは無いかい。」
「石斑魚《うぐい》のこれんぱかしのは無いかい。」
「岩魚《いわな》のこれんぱかしのは無いかい。」
「川|鯊《はぜ》のこれんぱかしのは無いかい。」
魚籠《びく》を提げて、川上、川下へ跨《また》がり、川魚を買出しに行く直助の姿が見られた。川上の桜や、川下の青葉の消息が彼の口から土産《みやげ》になつて報じられた。彼は一通りそれらの報告をして、生魚の籠《かご》を主人達に見せてから女中達のゐる広い厨《くりや》に行
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