ける。
「五年間はアンナの金でアンナと一緒に、そして次の六年間は訣《わか》れた後のわたしのためにアンナがわたしにくれた金で、わたしはわたしを遺憾なく燃した。惚《ほ》れるべき女優には花束を持つて惚れに行つた。騙《だま》さるべき踊り子には指環を抜くがままに抜かした。シャンパンは葡萄《ぶどう》畑を買ひ取つて自園の酒をこしらへた。スヰスから生きた山鱒《マウンテントラウト》を運ばして客に眼の前で料理して馳走した。一度変つた象棋《チェス》をさしたことがある。それは象棋盤の上へ駒の代りに女を並べさしたことだ。もちろん駒が大きいから象棋盤も特別|誂《あつら》へだ。わたしが首尾よく敵陣に攻め入つた時に、女達は歩調を取りながら勇んで奏楽に合せてマルセエズを唄《うた》つてくれた。わたしは涙がこぼれた。わたしの生活にはめつたにこぼさない涙だ。何の涙だらうか。わたしの涙は人が泣きさうな時にはめつたにこぼれないで何でも無いやうな時に不意にこぼれて来る。その時の駒の女の一人が今ブヱイの通りの塗物屋の女房に片づいて黒くなつて働いてゐる。ここからは近いのでわたしは何ごころなくそれを見に行く。栄華に対する未練では無い、た
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