だ見るものとして眼に柔いからだ。」
小|鵯《ひよどり》も飛んで行つて仕舞《しま》つた。日のあたたかみで淡雪《あわゆき》の上《うわ》つらがつぶやく音を立てながら溶け始めた。侯爵の背中にニンフの浮彫《うきぼり》が喰ひ込み過ぎた。彼はそこではじめて腰板に腰を下す。
「俗謡作家のピヱール・ヴ※[#「小書き片仮名ヱ」、206−13]ベルが怒つたことがあつて劇作家のモウリス・ロスタンに決闘を申込んだ。話すほどのことでも無いつまらぬ原因でだ。しかし、ロスタンは振向きもしなかつた。――時代を間違へるな。馬鹿《ばか》はよせ――この返事でたちまち決闘は流れて仕舞つた。おそらく巴里《パリ》で決闘といふものが本気に口にされたのはこれが最後になるだらうといふ評判だつた。ところがわたしはこの最後にもう一つの最後を附け加へた。しかも実行でだ。
『ピストルか、剣か、二つに一つ。そして、コーヒーは一つ。』
なんといふ趣《おもむき》のある招待《アンヴィタション》の言葉だらう。そして決闘以外にこの言葉を生かして使ふ途《みち》は無い。フランスに於ては言葉が先に生れて事実はあとを追馳《おいか》けることが往々ある。ちやうど作
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング