それはフォンテンブローの森へ団体で遠乗りした帰りだつた。二人が仲間から遅れて別荘町を外れかかつた時だつた。道端の垣にリラの花が枝垂《しだ》れてゐた。わたしの申出を聴いた時の彼女の返事を今でも覚えてゐる。彼女は右手を後鞍に廻してまともにわたしを振り向いて云つた。『承知よ。そしてしあはせにもあなたは様子もよし――』
 わたしの滅びの支度は出来た。わたしの祖先伝来であつてそしてわたし一代で使ひつくすべきあらゆる才能とあらゆる教養とに点火する時が来た。わたしは躊躇《ちゅうちょ》しなかつた。ボア・ド・ブウロニュ街の薔薇《ばら》いろの大理石の館、人知れぬロアル河べりの蘆《あし》の中の城《シャトウ》、ニースの浪《なみ》に繋《つな》ぐ快走船《ヨット》、縞《しま》の外套《がいとう》を着た競馬の馬、その他の数々の芸術品を彼女とわたしとはいのちを消費する享楽の道づれとして用意した。人はわたしのこれ等《ら》の準備を見て或ひは月並の贅沢《ぜいたく》であると笑ふかも知れない。だが月並の表面を行かないでこそ/\贅沢の裏へ抜けるといふことはわれ/\の執《と》らないところである。いはゆる粋人《すいじん》がすることであ
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