太利《イタリー》男爵もあれば刺繍《ししゅう》とピアノを教へる嫁入学校を拵《こしら》へて一儲《ひともう》けする波蘭《ポーランド》伯爵もある。しかし、それは地球の自殺の仕損じと同じものだ。結局灰滅は時期の問題だ。」
 侯爵はここで少し笑つた。フォウブルグ・サン・ジ※[#「小書き片仮名ヱ」、203−14]ルマンの丈《たけ》の高い屋敷町に取籠《とりこ》められたこの庭でたつた一人がどんなに笑ふとしたところで周囲の朝寝を妨げはしない。まして侯爵の笑ひは淡々として水に落ちる雫《しずく》のやうだ。波紋もさう遠くへ送る力は無い。
「そこで金だ。滅びる支度の金だ。いのちを享楽のしめ木にかけ、いのちを消費の火に燃す支度の金だ。アンナは金持だつた。瑪瑙《めのう》の万年筆で小切手を落書のやうに書いた。アンナのほかのことには心を惹《ひ》かれなかつたが小切手を書く速さに心を惹かれた。結婚期限は五年ではいかゞ。『侯爵夫人』をあなたの帽子の鳥毛に使つてみてはいかが。この申出が果してフランス貴族の恥辱であらうか。働くことはフランス貴族の恥辱だが貸すことは名誉だ。わたしはわたしのタイトルを五年期限で賃貸することを申出た。

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