へしなはせると雪片は払ふまでもなく落ちた。
「実際フランスの貴族といふものは世界中で一番完成した人間だらう。その証拠にはあらゆる理解と才能を備へてゐてたつた一つ働くことが出来ないことだ。歴史を見ても判る。その階級として最高の完成に達した人間はみなこの通りだ。」
 そこにロココ風の隠れ家式の小亭がある。侯爵は枯蔦《かれつた》をひいて廂《ひさし》の雪を落した。家のなかに寝てゐた薄闇が匂ひもののやうに大気へ潤染《にじ》んで散る。腰|嵌《は》めの葡萄蔓《ぶどうづる》の金唐草に朝の光がまぶしく[#「まぶしく」に傍点]射す。侯爵は座板に腰掛けずにそのまま入口の柱に凭《もた》れた。背中が羅紗《ラシャ》地を距《へだ》ててニンフの浮彫《うきぼり》にさはる。
「その人間は美しく滅びるよりほかあるまい。完成を味《あじわ》ひつつ消去《きえさ》るよりほかはあるまい。Le monde se meurt. Le monde est mort.(地球は自殺する。地球は死である。)まつたくわたし達にはうつてつけの言葉だ。だが、世間にはまた働く貴族といふ者があるにはある。五ヶ国語を話してトーマス・クックの案内人を勤める伊
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