辞ですすめられても素人《しろうと》のくせに俳優を指揮したり俳優の本読みするやうな猪口才《ちょこざい》な真似《まね》は決してしなかつた。それといふのもわたしに一つの自信があつたからだ。わたしはさういふことを勧める人にかう答へた。『わたしも立派な芸術を持つてゐますよ。とてもあなた方にお出来になりますまい。それは消費の芸術といふものです。』するとその人は余儀なささうにうなづくのであつた。しかし、なほうなづきかねた人にはわたしはかう説明した。『わたしは金のある十一年間に一さい偶然の力を藉《か》りずにほぼ見込みどほりわたしの運命を表現しました。たぶんわたしはリアリズムの大家でせう。酔はずに零落の途《みち》を見詰めて来た勇気の点に於てね。』ここまで言ひ切れば大概の人は返す言葉が無かつた。
事実、わたしは滅びる目的に成功してこの古い由緒ある家も、愛する広い庭も完全に人手に渡つてゐる。わたしに残つてゐるものはグレー・ハウンドの犬一|疋《ぴき》と紋章旗だけだ。わたしの肉体とても婦人の病気以外には殆《ほとん》どあらゆる病の餌食《えじき》として与へてしまつたと云つても宜《よ》い。わたしの待つた消滅の薫りが
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