から表からしつこく見ようとするこの国の上流社会はうるさいばかりでなくわたしの心の皮膚を荒した。わたしは心の皮膚を大事にする。前侯爵夫人の名とヴァン・ドンゲンが描いたわたしの肖像をアンナに残してわたしはとう/\亜米利加から巴里へ帰つた。久しぶりで巴里へ帰り着いたとき例のめつたにこぼれないわたしの涙が出た。わたしの滅びの最後を待ちうけてゐてくれる所は巴里よりほかに無い筈《はず》だつた。アンナとはポトマック河べりの散歩の途中で別れたのだ。
『さやうなら、ではその傘《かさ》を頂戴《ちょうだい》。』
 これがアンナが訣《わか》れる最後に私に云つた言葉だつた。わたしは脇の下に挟んだ彼女の七色織の日傘の畳目にキッスして彼女に返した。彼女は威勢よくその日傘を拡げると手を愛想に振りながら待たしてあつたモーター・ボートに乗つた。浪《なみ》が揺れた。それきりわたしは彼女に会はない。噂《うわさ》によるとちかごろ彼女は欧羅巴《ヨーロッパ》の小国のプランセスの位置を狙《ねら》つてゐるさうだ。これがこのごろ金のある亜米利加女の発達した慾望ださうだ。
 わたしは芸術を愛した。ずゐぶん芸術家を保護した。しかし、いくら世
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