らに水面に落す影もろとも、いろいろに歪《ゆが》みを見せたOの字の姿を池に並べ重ねている。わたくしはむかし逸作がこの料亭での会食以前、美術学校の生徒時代に、彼の写生帳を見ると全頁《ぜんページ》悉《ことごと》くこの歪んだOの字の蓮の枯茎しか写生してないのを発見した。そしてわたくしは「あんたは懶《なま》けものなの」と訊《き》いた。すると逸作は答えた。「違う。僕は人生が寂しくって、こんな楽書《らくがき》みたいなものの外、スケッチする張合いもないのです」わたくしは訊《たず》ね返した「おとうさんはどうしてらっしゃるの。おかあさんはどうしてらっしゃるの。そして、ごきょうだいは」逸作は答えた。「それを訊かないで下さい。よし、それ等があるとしたところで僕はやっぱり孤児の気持です」逸作はその孤児なる理由は話さなかったが、わたくしにはどうやら感じられた。「可哀《かわい》そうな青年」
何に愕《おどろ》いてか、屋後の池の方で水鳥が、くゎ、くゎ、と鳴き叫び、やがて三四羽続けて水を蹴《け》って立つ音が聞える。
わたくしは淋しい気持に両袖《りょうそで》で胸を抱いて言った。
「今度こそ二人とも事実正銘の孤児になりま
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