雛妓
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)匂《にお》い
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三日間|静臥《せいが》していた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)眼にまぼろし[#「まぼろし」に傍点]の
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なに事も夢のようである。わたくしはスピードののろい田舎の自動車で街道筋を送られ、眼にまぼろし[#「まぼろし」に傍点]の都大路に入った。わが家の玄関へ帰ったのは春のたそがれ近くである。花に匂《にお》いもない黄楊《つげ》の枝が触れている呼鈴を力なく押す。
老婢《ろうひ》が出て来て桟の多い硝子戸《ガラスど》を開けた。わたくしはそれとすれ違いさま、いつもならば踏石の上にのって、催促がましく吾妻下駄《あずまげた》をかんかんと踏み鳴らし、二階に向って「帰ってよ」と声をかけるのである。
すると二階にいる主人の逸作は、画筆を擱《お》くか、うたた寝の夢を掻《か》きのけるかして、急いで出迎えて呉《く》れるのである。「無事に帰って来たか、よしよし」
この主人に対する出迎えの要求は子供っぽく、また、失礼な所
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