作なのではあるまいか。わたくしはときどきそれを考えないことはない。しかし、こうして貰わないと、わたくしはほんとに家へ帰りついた気がしないのである。わが家がわが家のあたたかい肌身にならない。
 もし相手が条件附の好意なら、いかに懐き寄り度《た》い心をも押し伏せて、ただ寂しく黙っている。もし相手が無条件を許すならば暴君と見えるまで情を解き放って心を相手に浸み通らせようとする。とかくに人に対して中庸を得てないわたくしの血筋の性格である。生憎《あいにく》とそれをわたくしも持ち伝えてその一方をここにも現すのかと思うとわたくしは悲しくなる。けれども逸作は、却《かえ》ってそれを悦《よろこ》ぶのである。「俺がしたいと思って出来ないことを、おまえが代ってして呉れるだけだ」
 こういうとき逸作の眼は涙を泛《うか》べている。
 きょうは踏石を吾妻下駄で踏み鳴らすことも「帰ってよ」と叫ぶこともしないで、すごすごと玄関の障子を開けて入るわたくしの例外の姿を不審がって見る老婢をあとにして、わたくしは階段を上って逸作の部屋へ行った。
 十二畳ほどの二方硝子窓の洋間に畳が敷詰めてある。描きさしの画の傍に逸作は胡坐《あ
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