少とも受けているであろう。家によってのみ生きている旧家の人間が家を失うことの怯《おび》えは何かの形で生命に影響しないわけはなかった。晩年、父の技倆《ぎりょう》としては見事過ぎるほどの橋を奔走して自町のために造り、その橋によってせめて家名を郷党に刻もうとしたのも、この悔を薄める手段に外ならなかった。
逸作は肉親関係に対しては気丈な男だった。
「芸術家は作品と理解者の外に肉親はない。芸術家は天下の孤児だ」そう言って親戚《しんせき》から孤立を守っていた。しかしわたくしの実家の者に対しては「一たいに人が良過ぎら」と言って、秘《ひそ》かに同情は寄せていた。
「俺はおまえを呉れると先に口を切ったおふくろさんの方が好きなんだが、そうかなあ、矢張り娘は父親に懐くものかなあ」
そう言って、この際、充分に泣けよとばかりわたくしを泣かして置いて呉れた。わたくしはおろおろ声で、「そうばかりでもないんだけれど、今度の場合は」と言って、なおも手巾《ハンケチ》を眼に運んでいた。
食品が運ばれ出した。私は口に味もない箸《はし》を採りはじめる。木の芽やら海胆《うに》やら、松露《しょうろ》やら、季節ものの匂《にお》
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