》を開けて出て来て、雛妓《おしゃく》を見て、好奇の眼を瞠《みは》った。雛妓は丁寧に挨拶《あいさつ》した。
 逸作が「いい人でも出来たので、その首尾を奥さんに頼みに来たのかい」なぞと揶揄《からか》っている間に、無遠慮に雛妓の身の周りを眺め歩いた一郎は、抛《ほう》り出すように言った。
「けっ、こいつ、おかあさんを横に潰《つぶ》したような膨《は》れた顔をしてやがら」
 すると雛妓は、
「はい、はい、膨れた顔でもなんでもようございます。いまにお母さんにお願いして、坊っちゃんのお嫁さんにして頂くんですから」
 この挨拶には流石《さすが》に堅気の家の少年は一堪《ひとたま》りもなく捻《ひね》られ、少し顔を赭《あか》らめて、
「なんでい、こいつ――」
 と言っただけで、あとはもじもじするだけになった。
 雛妓は、それから長袖《ながそで》を帯の前に挟み、老婢《ろうひ》に手伝って金盥《かなだらい》の水や手拭《てぬぐい》を運んで来て、二階の架け出しの縁側で逸作と息子が顔を洗う間をまめまめしく世話を焼いた。それは再び商売女の雛妓に還《かえ》ったように見えたけれども、わたくしは最早《もは》やかの女の心底を疑うよ
前へ 次へ
全61ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング