に傍点]な肉の力が盛り上り、年頃近い本然の艶《いろ》めきが、坐《すわ》っているだけの物腰にも紛飾を透けて浸潤《うる》んでいる。わたくしは思う、これは商売女のいろ気ではない。雛妓はわたくしに会ってから、ふとした弾みで女の歎《なげ》きを覚え、生の憂愁を味い出したのではあるまいか。女は憂いを持つことによってのみ真のいろ気が出る。雛妓はいま将《まさ》に生娘の情に還《かえ》りつつあるのではあるまいか。わたくしは、と見こう見して、ときどきは、その美しさに四辺を忘れ、青畳ごと、雛妓とわたくしはいつの時世いずくの果とも知らず、たった二人きりで揺蕩《ようとう》と漂い歩く気持をさせられていた。
 雛妓ははじめ商売女の得意とも義務ともつかない、しらばくれた態度で姿かたちをわたくしの見検めるままに曝《さら》していたが、夏のたそがれ[#「たそがれ」に傍点]前の斜陽が小学校の板壁に当って、その屈折した光線が、この世のものならずフォーカスされて窓より入り、微妙な明るさに部屋中を充《み》たした頃から、雛妓は何となく夢幻の浸蝕を感じたらしく、態度にもだんだん鯱張《しゃちほこば》った意識を抜いて来て、持って生れた女の便り
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